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みよ子 [カズキ]

事の始まりはみよ子が小学1年生の時だった。

みよ子は祖父の事が大好きだった。となれば祖父の好きな時代劇も好きになるのが道理というもの。

ある日曜日の午後。家族はそれぞれの所用で出掛けていた。みよ子は何とはなしにチャンネルをガチャガチャ替えながらテレビを眺めていた。

時代劇をやっているチャンネルがあった。それはいつもと違い白黒であった。言葉遣いもやけに堅苦しい。それでもみよ子は最後にはみんな揃って「よよよい、よよよい、よよよい、よい」が見れるものだと思いその時代劇を見ていた。

しかしその時代劇は小学校低学年、あまつさえ成人男子でさえもハードルの高い超リアル指向の時代劇であった。

理不尽な申し付けによって切腹せざるを得なくなった武士。必死の形相で腹を真一文字にかっ斬る武士を白黒の画面が克明に捉え、未熟な介錯人による介錯で何度も斬りつけられる度にグシャッ、グシャッという生々しい音と、武士の何とも形容しがたい呻き声が流れる。そのリアル過ぎる表現。
そして切腹後の介錯人に飛び散った血しぶきと見届け人の蒼白となった顔面。白黒ながらその見事なコントラスト。
演出と映像によって見る者に迫ってくる無常感にみよ子は心酔した。



みよ子の中で切腹ブームが来た。ランドセルを背負いながらも心の中では常に白装束であった。

しかし小学1年生に刃物はなかなか持たせてもらえなかった。常々機会を窺っていたがそのチャンスはやってきた。工作の時間に使用する事になったボンナイフである。

「これを手に入れられれば、あたいもせっぷくができる!」みよ子の目は輝いた。

しかし工作の時間が終わればボンナイフは返却しなければならなかった。「どうするみよ子、どうする」みよ子は必死に考えた。

みよ子の気付かない間に工作の時間は終わり給食の時間になっていた。

手にはボンナイフが握られていたままだった。周囲を見渡しそーっとポケットにしまうみよ子であった。



その夜、みよ子切腹の時は遂にやってきた。

まずは練習である。世の小学1年生は無謀な一発勝負を挑み玉砕しがち。クラスメイトを観察してみよ子が得た教訓だ。

ボンナイフを腹にあててみる。ひんやりと冷たい。軽くスッと動かしてみる。

めちゃめちゃ痛かった。

思えばみよ子は痛みに弱い子だった。予防接種の時などは人一倍騒ぐ子だった。

ボンナイフを机の引き出しにそっとしまい「あたい、お侍さんじゃなくてよかったわ。」と独り言を呟くみよ子の中の切腹ブームはこれにて終了した。

おへその横に1センチほどの傷跡を残して。
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