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今日子 [カズキ]

崖の上に立つ一軒家にみよ子は向かっていた。あの切腹(未遂)から15年が過ぎていた。

切腹(未遂)の傷跡は消える事は無かった。むしろみよ子自身の成長に合わせるように傷跡もまるで成長しているようだった。

学生時代の部活の着替えの際に友人から「あんたの盲腸左なの?」と問われれば、「いやぁ、こりゃあ腹切りの際のもんじゃけぇ。ゆうたら不肖の傷跡。っちゅうところになるんかのぉ。ワッハッハッ!」と、照れ隠しに『仁義なき戦い』の文太兄いの物真似で正直に答えてみても誰も信じる者はいなかった。

その傷口が1か月ほど前に突然喋り出した時には、友人たちの間では豪放磊落の名をほしいままにしていたみよ子でさえ度肝を抜かれた。



それは腹話術を練習していた時の事だった。

みよ子の腹話術は人形のキョーコを汚い言葉で責め立てる超ドS腹話術である。

その公序良俗を激しく欠くネタに多くの者をドン引きさせるものの、一部にカルト的な支持を受け「アンダーグラウンド芸の極致!」と言わしめた。

みよ子は何かに抗っていた。世間なのか社会なのかそれとも自分自身なのか。とにかく世の中の奇麗なものを否定して拒否してぶっ壊してやりたかった。

練習に熱が入り、鬼の形相、身の毛もよだつ汚辱ワードでキョーコを責め立てていた時だった。

「モウヤメテ」と、みよ子のお腹から声が聞こえた。

切なる願い「モウヤメテ」。それが今日子が発した初めての言葉であった。





その崖の上の一軒家の主は医者であった。診察をしてもらった大学病院の医師の紹介だった。何しろその症例を見た事のある医学関係者はその男ただ一人しかいないのだ。

男は高額な報酬を要求する事で半ば医学界からは追放されているとの事だった。要はもぐりの医者だ。



ところで一軒家までの道中、つぎはぎだらけのヒョウタンみたいな物体を見かけたが、あれはなんだったのだろう?みよ子は何か別の世界に入り込んでしまったような気がした。



一軒家に着くとまるでお人形のような小さな女の子が玄関前でこちらを見ていた。みよ子の顔を見るなり頬に両手をあて奇声を発するとどこかへ行ってしまった。「あっちょおぷりけい」とは一体何を意味する言葉なのだろう?皆目見当がつかなかった。

また、つぎはぎのヒョウタンが見えた。呆然と立ち尽くすみよ子の前に全身黒づくめの男が玄関から顔を出し、ぶっきらぼうに「ほぉう、あんたですかい」とみよ子を一瞥して言った。



男はドバイで緊急のオペがあるという事で早速診察をしてもらった。

お腹の傷口には目の筋のようなもの、鼻の筋のようなもの、そして輪郭のようなものが出来つつあった。それは人間の顔と言ってほぼよかった。

男は「ふうむ」と言いながら立ち上がると、開け放していた窓から部屋の中に入ってきた風によってマントがヒラリとめくれ上がり、マントの内側に忍ばせていた手術用のメスがキラリと光った。

その瞬間傷口の目と思われる部分が見開かれ、男に激痛が走った。男は苦痛に顔を歪め手で頭を抑え天を仰いだ。

先ほどの少女がみよ子と男の間に入り、みよ子の傷口をじっと見つめ何かを念じるような顔つきから次第に表情が柔らかくなると男の苦痛も消え去っていた。



男の診断ではそれは確かに人面瘡であるとの事だった。しかし以前見たものとは違うものらしく。いわば良性の人面瘡ではないかという事だった。

そして人間の体には人間の理解を超えた事が起こることを人形のような小さな少女の身の上話で教えてくれた。

男は最後に「ひょっとするとこいつぁあんたを守ってくれているのかもしれませんぜ。」と付け加えた。

そう、確かに今日子はそれ以降ずっとみよ子を守ってくれた。みよ子だけではなく人類をも。人類が忘れてはならない数々の出来事。
突如日本海海上に隆起した巨大海底火山の噴火をたった一人でせき止めた今日子。
某国が開発し暴走した巨大生物との死闘を戦い抜き勝利した今日子。
宇宙からやってきた侵略者軍団にヒョウタン軍団を引き連れ立ち向かっていった今日子。
それらはすべてみよ子を守るためだった。

そして今現在も今日子はみよ子を守るため、世界中で爆発的に猛威を振るおうとしている新型ウィルスと戦っている。

頑張れ今日子!負けるな今日子!





みよ子が一軒家を出る際みんなが送ってくれた。

今回の診察料はドバイの大金持ちに上乗せするとの事だった。「なあに、有る所には有るもんですぜ。お嬢さん。」と男はニヤリと笑った。

女の子はまた奇声を発した。「あちょぉーぶりてん」とはなんなのだろう?イギリスと何か関係があるのだろうか。

つぎはぎのヒョウタンはその数を大幅に増やし至る所にいた。もう気にするのが馬鹿らしくなっていた。

さっきまでは見かけなかった海パン姿に赤いブーツの男の子、もじゃもじゃ頭に鼻の大きなおじいさん、金色に輝く鳥や白いライオンまでいた。
その中央にはベレー帽にメガネをかけたおじさん。皆が笑顔でみよ子を送ってくれた。



みよ子の中にあった得体のしれないどす黒い何かが薄れようとしていた。今日子の言う通り超ドS腹話術はやめる事にした。

今日からは自分ひとりではなく今日子とふたりで生きてゆくのだ。

みよ子は清々しい気持ちでバイト先のカラオケスナックへと向かった。

みよ子の新しい一歩を祝福するように、夕暮れに赤く染まった空に無数のヒョウタンが高く高く舞い上がっていった。
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