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カズキ ~栄光の架橋~ [カズキ]

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。」

カズキはまたその言葉を呟いた。

いつの頃からかその言葉を呟く事で自分の中にある不満やわだかまりを解決させていた。

ドラマで共演したベテラン女優のお小言。バラエティ番組での中堅芸人からの妬み。

それらを神妙な面持ちや偽りの笑顔でやり過ごした後で一人になった時に呟くのだった。

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。」



しかしその言葉で不満やわだかまりが解決されていたわけではなかった。

大きな黒い塊が砕かれ、ただ細かい塵となっていただけだった。

呟くたびに細かな黒い塵がはらはらとカズキの心に降り注いだ。

それらはカズキの心の奥底へと沈み込み澱のように溜まっていくのだった。



今日もまたカズキは呟いた。

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。」

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか!」

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないかっ!」

カズキの心のまだ残っていた清らかな所に黒い塵が降り注がれ、

そうしてカズキの心は真っ黒になった。



カズキは荒れた。

荒れ果てたカズキの心はテレビの画面からも伝わってきた。口元だけは無理矢理に笑顔を装ってみても目はそうはいかなかった。目の奥にあるどす黒く淀みながらも不気味にメラメラと燃え上がる苛立ち。それをテレビカメラは捉えていた。

視聴者からの苦情の電話があったことを告げるプロデューサーに対してカズキは初めて面と向かって言った。

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないかっ!」

自宅に帰りカズキはご自慢のアーノルド・パーマーのポロシャツコレクションすべてを引きちぎり、愛用の無線機を愛用のゴルフクラブで叩き壊した。

「こんなものどうなったっていいじゃないかっ!」

近くのコンビニでは、

「ポンタカードなんか持ってるわけないじゃないかっ!」

道を聞かれれば、

「2つ目の信号を右に曲がって線路沿いに行けば左側にあるじゃないかっ!郵便局がっ!」

カズキは荒れていた。



カズキは飲めなかった酒を飲むようになっていた。ボロボロにちぎれたポロシャツとズタズタに壊れた無線機。グシャグシャに折れ曲がったゴルフクラブが散在する薄暗い静かな部屋で浴びるようにロゼワインを飲み続けた。

何よりもロゼだった。赤よりも白よりも。

たまには赤でも。と浮気をしたが結局ロゼに戻るのだった。



いつもの様に今日もまたカズキはロゼを飲んでいた。実際には口に液体が入り喉を通過する。そしていつものロゼの味が残る。その事だけで自分は大好きなロゼを飲んでいるという事を理解している状態だった。

しかしいつもと違うのはその場所は薄暗くなかった。そして何故か複数の人間がいて、しかもそのうちの二人がゆずの『栄光の架橋』を熱唱していた。

頭が混乱し判然としない状態の中でカズキは隣に別の誰かが座っている事に気付いた。

カズキの方に向かって何かを話しかけているようだった。薄っすらとは聞こえるが『栄光の架橋』がサビに入っていてよく聞こえない。

顔を見ると女性のようだった。

更に向こうは話しかけているようだったが『栄光の架橋』でよく聞こえない。しかし何かがおかしい。

何がどうおかしいのか初めは分からなかったが不意に気付いた。

女性の口が全く動いていないのだ。



『栄光の架橋』は熱唱の甲斐無く54点だった。

「あんたぁ、それ何飲んどるん?」

女性は何故か目を細めてドスを利かせた声でカズキに質問をしてきた。今度はちゃんと口を動かしていた。

改めてよく見てみると女性は角刈りだった。まるで往年のやくざ映画の主人公のような。

ロゼワインを飲んでいる事を告げると女性は豪快に笑った。不思議な事に女性のお腹からも笑い声が聞こえてくるようだった。

(「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。」)

カズキは心の中でそう思ったが、女性のあまりにも気持ちのいい笑い方にその言葉を口にする事をしなかった。しまいには自分がピンク色の液体を手にしていること自体が面白くなり一緒に笑った。

笑い続ける女性にカズキは笑いながら言った。

「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。」

更に女性は笑いカズキも笑った。



『栄光の架橋』のイントロが聞こえてきた。先ほどの二人が再チャレンジをするようだ。


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