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『殺人鬼の存在証明』『幻の湖』 [映画]

『殺人鬼の存在証明』 2021年、ロシア、2時間18分。を観た。
1981年、ソビエト連邦。解決が遅れる殺人事件の捜査に別の連続殺人事件解決の立役者であるイッサが新たな責任者として加わる。イッサは本件も他の事件と同一犯の連続殺人であると見立て1988年に犯人が逮捕され終身刑となったが1991年に酷似した手口の新たな生存する犠牲者が出て誤認逮捕であった事が分かり捜査は振り出しに戻った。

ネタバレ有り。

ソビエト連邦の崩壊が1991年。その10年前から物語は始まる。民主化や改革が進められようとしている中で権力の腐敗は正される事は無く結局それが捜査にも支障を来していた。という事にしたいのかも。ある意味で現政権を擁護しているのかなあとも思いながら観ていたが物語は犯罪サスペンスとして予想していなかったツイストをする。
正義を求めようとする者たちは復讐という形で悪を罰するのではなく、犯人の自白を取りタイトルに有るように殺人鬼の存在を証明しようとする。そのために長い年月をかけて周到な準備を行うのがミステリーサスペンスとしては面白かったけど随分とまどろっこしい事をするなあとも思った。
そこまでしておいて最後は私刑という形での復讐になってしまうけど犯人の存在は証明されたのでそれで満足したのか。



『幻の湖』 1982年、日本、2時間44分。を観た。
滋賀県、琵琶湖の畔の繁華街に勤める尾坂道子。休日には愛犬シロと共に琵琶湖湖岸をランニングし湖岸全周を走破する事を目標としていた。
琵琶湖にたたずんでいるとどこからか聴こえてくる笛の音に悠久の時の流れを感じる道子は1年後には目標を達成しどこかの誰かと幸せな結婚をする事を夢見ていた。そんな道子に思いもしなかった重大な事件が起こる。

新文芸坐、"橋本忍アンコール「橋本プロ」の時代"にて。
本作と『砂の器』『八甲田山』を上映。本作と『八甲田山』は未見。本作が上映時間が合ったので観た。
以前からどこかで上映される度に観ようかなと思いながら名脚本家橋本忍さんが遺した珍作と言われる評価と長い上映時間にまた今度でいいかと伸ばし伸ばしになっていた。
褪色したフィルムでの上映。全体的に赤みがかっていたがこれはこれで昔の作品を観ている気分に浸れるので問題には感じなかった。交通標語「やさしく走ろうTOKYO」を久し振りに見て懐かしかった。
やさしく走ろうTOKYO ステッカー デカール 並行輸入 (15.7cm*4cm)

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ブルーレイ、DVD化されている高画質バージョン(アマゾンでも配信視聴出来る)も観てみたい気はする。主役の南條玲子さんが美人だったので綺麗な画質で拝見したい。シロも可愛かった。犬種はなんなんだろう?
ただもう映画館で観るのはいいかなと思う。珍作という評価で確かにそうではないとは言い切れないが、珍作である事を嘲笑するのを目的としている人達が何名かいてそのくすくす笑い、時に大袈裟な爆笑が不愉快に感じた。これまでに自分も気付かずにそういう事をしていたかもしれない。猛省したい。
多分本作が上映されると毎回そのような事になるのだろうと思う。本作は1982年の本公開以来長らく日の目を見る事は無く、それが1996年に某雑誌に取り上げられ珍作として注目を浴びるようになり映画館での上映もされるようになったのだとか。ウィキペディアより。1996年は映画評論家水野晴男さんがマイク・ミズノ監督作品として『シベリア超特急』を発表した年。その余波が本作にも及んだのか?
『シベリア超特急』シリーズは未見だけど水野晴男さんが珍作の評価を受け容れ、むしろその事すら楽しんでシリーズを作り続けていたように思う。本作の場合は橋本忍監督は本作と本作への評価についてどのように思っていたのだろう?

橋本忍監督の意図する事が観客に伝わりづらいのが問題なのかと思う。戦国時代(恐らくそれよりも以前)から女性は主に男から搾取され利用される側の立場にいて、それは1982年当時の現在でも変わっていなかったが時代は少しずつでも変わっていて搾取、利用される側からの脱却も出来るであろうと。やがて遥か未来に琵琶湖が消滅してそんな時代の流れも忘れられてしまうのかもしれないが宇宙に漂う笛だけはかつて存在した琵琶湖の上空に残り続けてその先の歴史も見続けるであろうと。そういう意図だったのかなと想像してみる。
ランニングによる追走シーンが珍作マニアの方たちにはご馳走になっているようで。またウィキペディア情報になってしまうが橋本忍監督が大の競輪ファンだったという事で自転車をランニングに置き換えて競輪で見られるスリリングな駆け引きを表現しようと試みたのではないだろうか。スリリングにならなかったのが辛い所ではある。
男女の真剣勝負を殴り合いでやるのはその当時はまだ無理だと思われたのか。現在なら両者ボロボロになるガチの殴り合いでもいけるのかも。そこら辺も時代の流れ、移り変わりが有る。

室田日出男さんも出ていてやっぱりジョシュ・ブローリンと重なって見えた。見た目がそっくりなわけではないけどなんとなく雰囲気が似ている様に思える。

1982年は明菜ちゃんの「少女A」が大ヒットの年。本作の中でレコード店のシーンで結構長めに曲が流れていた。「少女A」の歌詞の中でも女性の自立、意識の変化という意味で少しずつ変わっていっているのかなと思う。
明菜ちゃんかわええ。

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