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クリスマス救世主伝説 [トナカイ]

「ヌルヌルしてる!なんだよ!なんかヌルヌルしてるよ!」
サンタのおじさんがそう訴えても闘いが中断される事はなく続行された。そもそもレフェリーもいないルール無用のこの聖夜のデスマッチにその訴えはオーディエンスに向けてのアピールでしかなかった。根っからのショーマンのサンタのおじさんのパフォーマンスでもあるのだろう。

角をふん捕まえて力任せにねじ伏せれば持久戦は覚悟の上で楽勝とタカをくくっていたサンタのおじさんにとっては大誤算であった。それを見越していたトナカイは角に保湿性クリームをしこたまに塗り込んでいたのである。確かにトナカイからいつもの獣系の匂いだけではない甘い匂いがしていた事にサンタのおじさんは気付いていた。

「何事も自分が思い描いた通りには行かないものなのだなあと思うサンタであった。」と若山弦蔵氏のナレーションが頭の中に流れるほどサンタのおじさんは冷静であったが冷静であるほど今の状況では埒が明かない事は明確だった。
ボディに渾身のパンチを入れてもとにかく硬い。効いてる気がしない。トナカイの表情を見ても全く平然としている。
一回ヒラリと背中にまたがって脳天への打撃を試みてみるもののトナカイは頭部を巧みに動かしヌルヌルの角が邪魔をして脳天にまで届かない。
バックに回り込みモロ出しの急所への一撃が最善かと思考を巡らせるがそれこそがトナカイの思惑通りでトナカイの最大の攻撃である後ろ蹴りが飛んでくる事は十分過ぎるほど予測出来た。

サンタのおじさんとトナカイの睨み合いが長く続く。もはや思考戦の様相だった。お互いがお互いの出方を読み合い幾つものパターンのシュミレーションを繰り返していた。その睨み合いをオーディエンスは固唾を飲んで見守るしかなかった。

「南無三!」
意を決したサンタのおじさんは俊敏な動きでトナカイのサイドに回り後ろ脚の付け根に力の限りのパンチを入れる。そして続けざまにバックに回り込んだ。付け根への打撃はトナカイの後ろ蹴りを鈍らせる事が目的の一つでも有ったがその目論見は外れた。トナカイの鋭い後ろ蹴りがサンタのおじさんを貫く。
と誰もが思った瞬間サンタのおじさんはトナカイの後ろ蹴りをすんでのところ半身でかわしその勢いのまま仰向けの状態で倒れ込んだ。
トナカイの後ろ脚が宙を蹴り上げているのが見える。地面に倒れたサンタのおじさんはそのままトナカイの真下に体を素早く滑り込ませた。トナカイの心臓への一撃。それこそがサンタのおじさんの狙いであった。
「もらったぁ!」
サンタのおじさんのパンチがトナカイの心臓めがけてのめり込みそして更に奥深くへとねじ込む。

サンタのおじさんとトナカイの動きが止まった。続けて二発目三発目と入れるべきだったのかもしれないがここぞというところで一撃で仕留めるのがサンタのおじさんの流儀で有りその手応えを感じていた。
しかし、動きが止まりしばらくの間生気を失っていたトナカイの瞳が爛々と妖しく輝き出すと赤鼻から漏れだす鼻息も荒々しくなり口からはヨダレをだらだらと垂れ流す狂気の面持ちと変わり果てた。何かおどろおどろしい呪いの言葉のような抑揚のついた鳴き声が聞く者を身震いさせる。
ボコッ、ボコッと音を立てて筋肉は隆起しトナカイの体は何倍にも膨れ上がりその影でサンタのおじさんの周りが真っ暗になるほどだった。
サンタのおじさんが突いたのは心臓ではなく偶然にも禁断の経絡秘孔の一つであった。

しかし、恐ろしく変わり果てたトナカイの姿を目にしたサンタのおじさんに浮かぶ表情は恐怖より歓喜であった。
一夜で世界中を飛び回る気違い沙汰を成し遂げるのに必要なものそれは頑丈な肉体と常識を覆す狂気に他ならないとサンタのおじさんは考えていた。今そのものが目の前に現れたのだ。
「こんなに嬉しい事はない」
サンタのおじさんが目に涙をため見上げるトナカイは更に巨大化していた。感慨に耽っている場合ではない。まずは早急にそれを止める秘孔を突くことが先決とサンタのおじさんは思うのであった。


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